東京地方裁判所 昭和38年(ワ)7375号 判決 1965年9月21日
原告 小俣三郎
被告 国産自動車工業合資会社 外一名
主文
一、被告両名に対する関係において、原告が被告国産自動車工業合資会社の有限責任社員であることを確認する。
二、被告国産自動車工業合資会社は、昭和三六年九月二〇日、東京法務局田無出張所においてなした、被告会社の有限責任社員である原告が、昭和三六年九月六日、その持分全額、金二、〇〇〇円を、被告小俣正行に譲渡して退社し、同日、被告小俣正行が入社した旨の登記の抹消登記手続をせよ。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。
「一、被告会社は、昭和一二年一〇月二九日に設立された合資会社である。
二、原告は、被告会社の設立に際し、二、〇〇〇円を出資してその有限責任社員となり、その旨の登記がされた。
三、ところが、被告会社は、昭和三六年九月二〇日、東京法務局田無出張所において、原告が同月六日、その持分全部を被告小俣正行に譲渡して退社し、同日被告小俣正行がその譲渡を受けて被告会社に入社した旨の登記をした。また、被告小俣正行は、原告からその持分全部を譲り受けて被告会社の有限責任社員となつたと主張している。
四、よつて、原告は、被告両名に対し、原告が被告会社の有限責任社員であることの確認を、また被告会社に対し叙上の登記の抹消登記手続を求める。」
被告両名の訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
被告会社訴訟代理人は、請求原因に対する答弁として、次のように述べた。
「一、請求原因事実のうち一および三の事実は認める。
二、請求原因事実のうち二の事実については、そのうち、原告が被告会社設立の際出資金二、〇〇〇円の有限責任社員として登記されたことは認めるが、その余の事実は否認する。」
被告小俣正行訴訟代理人は、請求原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。
「一、請求原因事実はいずれも認める。
二、しかし、原告の請求は、以下の理由により失当である。
(一) 原告は、訴外亡小俣栄太郎に対し、被告会社への入社および退社についての一切の代理権を与えていた。
(二) 右訴外人は、昭和三六年九月六日、原告を代理して、被告小俣正行に対し、原告の被告会社に対する持分全部を被告小俣正行に譲渡する旨の意思表示をし、同被告はこれを承諾した。
(三) 当時における被告会社の無限責任社員は、訴外亡小俣栄太郎および訴外坂井よしであつた。
(四) この両名は、その頃、叙上の持分の譲渡を承諾した。」
原告訴訟代理人は、被告小俣正行の抗弁(被告小俣正行の主張する二の事実)に対し、
「抗弁事実中、(三)の事実は認めるが、(一)および(四)の事実は否認する、(二)の事実は知らない。」
と述べた。
立証<省略>
理由
原告の請求原因事実は、被告会社において原告が被告会社設立の際出資して有限責任社員となつたという事実を除いて、本件の全当事者間に争いがない。
そこで、被告会社に対する関係において、被告会社の争つている叙上事実について考えるのに、原告本人および被告会社代表者の各尋問の結果によると、原告の父亡小俣栄太郎は、被告会社の設立の際原告に代つて金二、〇〇〇円を出資し、これによつて原告が被告会社の有限責任社員となつたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。
そこで、次に被告小俣正行の抗弁事実について判断する。まず、抗弁事実中、昭和三六年九月六日当時の被告会社の無限責任社員が、訴外亡小俣栄太郎および坂井よしの両名であつたことについては原告も争わない。しかし、かりに被告小俣正行の主張するように昭和三六年九月六日原告から同被告に対し被告会社の有限責任社員持分の譲渡があつたとして、被告会社の無限責任社員であつた坂井よしがその頃、その譲渡を承諾したかについて審按してみると、甲第三号証の三には、坂井よしが昭和三六年九月六日被告会社の無限責任社員として原告の被告小俣正行に対する持分の譲渡を承諾した趣旨の記載があるが、証人前野宗作および被告会社代表者各尋問の結果を参しやくして考えると、同証中の坂井よしの署名押印は、訴外小俣栄太郎が坂井よしの意思にもとずかずにしたものと認められるので、坂井よしの承諾を立証する資料としがたいし、その他に坂井よしの承諾を認めるに足りる確証がない。それゆえ、被告小俣三郎の抗弁は、他の点について判断するまでもなく、採用することができない。
したがつて、被告らに対し原告が被告会社の有限責任社員であることの確認を求める原告の請求は理由がある。
そこで、進んで、原告の被告会社に対する抹消登記請求の当否について検討する。もともと、商法の定めている会社に関する登記は公益的目的のために法律が定めたもので、したがつて会社に関する登記をする義務は、本来的には、会社の国に対する公法的な義務であり、その点で不動産の得喪変更に伴つて生ずる登記義務とはその性質を異にするものといわなければならない。しかしながら、合資会社の有限責任社員は、登記によつて善意の第三者に社員たる資格を対抗することができるに至るのであり、その意味で登記によつて法律的な利益を受けるものであるから、当事者は、通例は自己が社員であることの登記の履践を希望するものといえよう。したがつて、原告がそれを希望しない等反対の特別事情の主張立証のない本件では、原告が出資をして被告会社の有限責任社員となるに際し、原告と被告会社(設立中の会社)との間に、被告会社は、原告に対し、原告が被告会社の社員である限り、そのことを登記し、原告をして社員たる資格を第三者に対抗することを得させる処置を講ずる義務(したがつて、何らかの理由によつて原告が社員である旨の登記を抹消した場合には、これを回復する義務を含む。)を負う旨の暗黙の合意があつたものと認めるのが相当である。
そうだとすれば、本件において、原告が被告会社の有限責任社員である旨の登記の抹消された事実が既に認定したとおりである以上、原告の被告会社に対する抹消登記手続の請求も、また、理由があるものというべきである。
よつて、原告の主張はいずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 服部高顕 田宮重男 元木伸)